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zoom RSS チェルノブイリは眠らない〜原発事故から20年

<<   作成日時 : 2006/04/27 23:40   >>

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1986年4月26日、旧ソビエト連邦チェルノブイリ原発において爆発が起こり、四号炉の原子炉と建屋が崩壊、大気中に5000万キュリーもの放射性核種が放出された。これは広島に投下された原爆の50倍だかにあたる値だそうで、それだけでも想像をはるかに超えているが、問題は20年経った今も放射能汚染が続いている事である。原爆や東海村のJCOウラン加工工場の臨界事故と違い、バラ撒かれたのは放射性核種、即ち放射能を放つ原子(核種とは原子核の構造によって区別した場合、それぞれの種類を指す)なのだ。中学か高校の物理で、おそらく「半減期」という用語を習った事があるだろうが、放射性核種にはそれぞれ固有の半減期があり、チェルノブイリで問題になっているヨウ素131は8日、セシウム137は30年、ストロンチウム90は28年かかる。ところがストロンチウム90を例に取ると、次の28年で残り半分がなくなるわけではない。半分の半分、つまり1/4が減るまでまた28年を要するのだ。次は1/8・・・というように、延々と続く。核種の量が減れば当然、放射線量も低レベルにはなるけれど。
この記事を書くにあたり色々と調べたのだが、放射性核種は原子崩壊して別の安定した核種に変化する際放射線を出す。つまり半減期が短ければ安心、と思うのは間違いで、チェルノブイリの被爆者(特に子ども)に甲状腺ガンが多いのは、半減期8日のヨウ素131が短期間で大量の放射線を出した結果だそうだ(ヨウ素は甲状腺に蓄積され易い)。原子崩壊はいつ起きるかわからないものの、全体の半分が別の核種に変化するまでの期間を半減期というからである。半減期の長い核種の場合は、低レベルの放射線を長期に渡って放つ事になるわけだ。しかし封鎖された汚染地から移住させられた避難民の、一貫した被害調査及び追跡調査は未だ行われていないと云う。ベラルーシのルカチェンコ大統領など、「我が国にチェルノブイリ問題などない」と豪語しているそうである。当日の風向きから、放射性核種の約70%が降り注いだにも関わらず。。。
原発事故から20年を機にそのベラルーシで開催された「チェルノブイリ国際会議」では、IAEAが今後事故の影響で亡くなる人数を4000人と発表して、会場から轟々たる非難を浴びた(一説には4万人とも云われている)。そのせいか後で9000人と修正、再発表したとの事だが、単なる数字に果たしてどれだけの意味があるだろう?少なければそれで、いくらかなりと胸が撫で下ろせるのか?被害者の一人一人、その家族にとってはどちらの数字、どちらの主張でも同じ・・・彼らの舐めた辛酸、これからも耐えねばならぬ苦しみとはおよそかけ離れた、虚しい空論でしかない。私はJCOの臨界事故で亡くなった作業員の、被爆から死に至るドキュメンタリーを見た事がある。その治療と看護にあたった病院関係者の証言を集めたものだが、日々人間ではないものに変わっていくその悲惨さを、私は言葉にする術など持たない。ただ苦しいほど胸をしめつけられ、声もなく震えるばかりだ。どんなに辛く、苦しく、絶望に苛まれ続けた事だろう。本人は勿論、ただ見守るしかなかった家族、ほんの少し苦痛を和らげる術さえなかった病院関係者もまた。。。チェルノブイリでは爆発直後、現場で消火にあたった消防士、汚染物質を除去した作業員らが同じ目に遭った。最初の死者は31人、これを多いと云うべきか、それとも少ないと感じるか。断じてそんな問題ではない。ならばろくな説明もせず、防護服もないまま送り出した事を、社会主義の非人間的な秘密主義と非難すべきか?・・・非難はされるべきだ、しかしまず、被害者の顔を一人一人見るべきではないのか。せめても今後のために、できる限り正確な、被害状況とその後の影響を追跡調査すべきではなかったか。被害者に見捨てられていない、真摯にこの問題と取り組んでいる事を見せるためだけでも。一体何のための苦しみだ。なぜ、何の罪があって、これほど多くの人が苦しみ続けなくてはならないのだろう?事故との因果関係などどうでもよい、被害者たちは知っている。自分たちが一日たりと、チェルノブイリ事故から逃れられない事を。
ある被害者救済にあたっている女性は云った。「それが戦争なら、どんなに恐ろしく辛いものでも、わたしたちは理解できます。でもチェルノブイリが何だったのか、それを解き明かす公式がない、その理念を持たないのです」・・・鉛とコンクリートで固められた四号炉、通称「石棺」の内部には、今も20〜30トンの核燃料が残っていると云う。石棺はロボットの遠隔操作で作られたためあちこちに隙間があり、20年経った今は老朽化も進んで、いつ崩壊してもおかしくない状態だそうだ。ようやく資金援助のメドがつき、2010年には新たなシェルターが作られるとの事だが、原発周辺では今も、自然界に存在する放射能の70倍〜100倍の値が検出されている。内部を映したビデオには、放射能を帯びてキラキラと舞う埃。あそこではただ静かに、何の悪意もなく、倦み飽きる事も知らず核反応が続いている。悪霊でも魔物でもなく、死でもなければ恐怖そのものですらない。ただの化学反応。彼女の云う通りだ、我々に理解する術はない。なぜ死ななければならなかったのか、なぜこれからも苦しみ、病気と、新たな被害者を生むかも知れない不安に、囚われ続けなくてはならないのか。。。いつか答えの出る日は来るのだろうか。その希望だけでも?人間の愚かさを口にしたところで、わずかな慰めにもならない。被害者の痛みは、理屈など超えたところにある。

最後に、チェルノブイリ事故で被曝した子どもたちの証言。
(スベトラーナ・アレクシエービッチ著、「チェルノブイリの祈り」より)

私は入院していたの。とても痛かったから、ママに頼んだの。「ママ、がまんできない。殺してくれたほうがいいわ」

私たち子どもは、輸送列車にぎゅうぎゅうづめにされ、レニングラード州につれていかれました。私は10歳でした。小さな子たちはわんわん泣き、きたなくなっていった。ある駅で、私たちが列車から飛びおりてビュッフェに走っていったら、ほかの人はもうだれもなかに入れないんです。「チェルノブイリの子どもたちがここでアイスクリームを食べていますから」って。ビュッフェの人が誰かに電話をかけていた。「あの子たちがでていったら、クロル石灰で床を洗ってコップを煮沸消毒します」。私たち、聞こえていたんです。
お医者さんたちが出迎えてくれた。ガスマスクをつけて、ゴム手袋をはめていました。私たちは洋服を取り上げられた。封筒も鉛筆もボールペンもなにもかも。セロファンの袋に入れ、森に埋められてしまったんです。

あたしは、ぜったいに死なないんだと思ってたわ。でも、いまは死ぬんだってわかってるの。いっしょに入院していた男の子がいたの。あたしに小鳥や家の絵を描いてくれた。死んじゃったの。死ぬのはこわくないわ。ながーく眠っていて、ぜったいに目が覚めないのよね。

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2006/04/28 22:08

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
はじめまして、こんばんは。
何処をどう辿ったのか、天子のたまごさんのところにたどり着きました。チェルノブイリ事故から20年が経ちましたね。そんな中、一年間にチェルノブイリ事故の10倍もの放射性希ガスを排出し、海には平均的な原発一年分の放射性廃液を一日で流す六ヶ所村の再処理がスタートしました。外国の再処理場の周辺では海が取り返しのつかないほど汚染され、甲状腺がんや白血病が増えています。これから青森や三陸沿岸でもこのようなことが起きると言われています。いやな時代になってしまいました。
mako
2006/05/21 22:28
どうもはじめまして、コメントありがとうございます☆makoさんのブログにも早速、お邪魔させて頂きました。どうやら住んでる所が、ずいぶん近いみたいですよ♪
この記事を書くにあたって、プルトニウムの再処理についてもちょっと勉強したので、当然六ヶ所村の事は考えました。専門家の方も徒らに莫大なコストがかかるだけで、再処理が放射性廃棄物の問題を解決すると考えるのは現実的でない・・・と思っているようです。
考えてみれば私も、原発がそう遠くない場所にあるんだし(事故があったら風向きによっては被爆します、む〜ん。。。)、三陸沿岸で生まれ育ったのだから、ちゃんと考えなくてはいけませんね。
私もそちらにお邪魔させて頂きますので、よろしければまたいらして下さいね☆
まもる
2006/05/21 23:20
はじめまして。石巻で六ヶ所村ラプソディーを上映する武藤北斗です。偶然makoさんのブログでこちらのブログを知りました。是非9月17日来て下さい。再処理のことを少しでも多くの人に理解してもらい、危険性を認識して貰いたいと思っています。まもるさんは知識がたっぷりですが・・・。しか〜し、当日は監督のトークもありますのでお楽しみに。
ほくと
URL
2006/09/01 09:27
ども、はじめまして。ほくとさん。
石巻での上映、makoさんから伺ってます。もちろん9/17は文化センターへお邪魔するつもりなので、そのときはどうぞ宜しくです☆
六ヶ所村の再処理についてはまだまだ知らない事ばかりだし、何より大変なのは地元の方々でしょう。私たちにとっても切実な問題なので、少しでも理解できればと思っています。感想もブログにUPするつもりなので、よろしかったらご覧下さいませ。コメント有難うございました。(^O^)
まもる
2006/09/01 15:15
チェルノブイリは眠らない〜原発事故から20年 天使のたまご/BIGLOBEウェブリブログ
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