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zoom RSS 愛だけが聞こえる(32)

<<   作成日時 : 2009/03/27 21:07   >>

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 ヒューバート隊長もこんなふうに苦しかったかしら、やっぱり堪らなく怖かった?・・・発作が何とか治まった後、天蓋の落とす影の中に消耗しきって横たわり、セシリアは人知れず涙をこぼした。枕もとには父親が寝もやらず付き添っていたが、きつく握り合わせた拳へ額を押し当て、瞼を閉じたきり身じろぎ一つしない。ただ疲労の色濃い背中や乱れて落ちかかる半白の髪、半ばその影になった懊悩の滲む横顔に、小卓の上で点された蝋燭が暗い火影を投げかけるばかりだ。わたしはお医者さまが駆けつけてくれたから助かったけど、隊長には間に合わなかった、誰の手も届かなかったんだわ・・・。嵐の傷痕も生々しい沈鬱な静寂が館を押し包み、夜の帳は父と娘の間を遠く隔てて、溢れる涙が頬を濡らすまま、彼女は消え入りそうに細い嗚咽を洩らした。

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 館の一室で安置された隊長の亡骸に、「最後のお別れがしたい」とセシリアが云い出したのは、胸に重石を乗せられたような苦しい眠りから、いっそう疲れ果てて目覚めた翌朝のことだ。医者はだが、その見るからに憔悴した様子や、透けるような顔色を憂慮して首を縦に振らず・・・棺は願いの叶わぬまま、その日のうちに護衛隊士らの手で公爵邸から運び出された。高熱を発したせいで葬儀にも参列できなかった令嬢は、だからわたしたちに会いたいと父親を説き伏せたのだった。
「わたし、ヒューバート隊長がとても好きだった。隊長ならきっと、悪い人たちを捕まえてくれる。そしたら怖い事なんかなくなって、わたしも隊長の奥さんも、大切な人と幸せに暮らせるんだと思ってたの。亡くなったと聞いたときは、だから悲しくて・・・胸にぎっしり石が詰まったみたいで。隊長はそれでも、約束を守ってくれたんだもの・・・」
 女の子はそこで言葉を切ると、堪え切れず顔を覆った母の、小刻みに震える肩へそっと手を触れ、気遣わしげな様子で覗き込んだ。胸に沁み入る素直な言葉もだが、わたしには令嬢の無垢な瞳が痛かった。父を亡くしたというのに、泣くことができなかったからだ。けれど母の、狂おしいように押し当てた指の間から滴り、スカートの膝を冷たく濡らす涙には・・・。目を閉じれば今も瞼の裏に浮かぶのは、仄光るように白くたおやかなそのうなじだ。結い上げた髪からこぼれ落ち、柔肌に淡い影を映す一房の巻き毛が、くぐもった嗚咽を洩らすたびにはかなく揺れていた。

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