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zoom RSS マラメアの海賊・その102

<<   作成日時 : 2009/07/03 22:59   >>

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「ああ、自慢の奥さんでね。子どもたちも誇りに思っている」
 妻の話はしていない筈だが、デーモンは構わず、当然の賛辞とばかりにんまりした。
「医学の知識に関する限り、満足するって事を知らないんだ。それも頼ってくる患者の苦しみを、軽くしてやりたい一心からさ。治療にも研究にも骨身を惜しまない。大半の患者は女子どもなんだが、そういうわけで他の医者から見離されがちな、難しい病気に罹った者も多くてね」
「我々のような者には有難い事です」ヨギ・ベラが微笑む。
「他にも何か、お尋ねになりたい事があれば。再びこの地を訪れる事もないでしょうから」
 つまり得るべきものは得た、明日にもラルガを離れるという事だ。わずかに眼差しを伏せ、長官は一拍置いて尋ねた。「一つだけ、エストランジュ卿の奥方が内乱を画策した目的は?」
「ああ、そうでしたね。あの方は王政そのものを廃し、アーガランドを共和国にするおつもりなのです。貧しさや不公平のゆえに苦しみ、死んでいく民が絶えないのは・・・その資格もない一部の権力者が富を独占し、国政を恣にしているからだ。たとえ罪のない人々を巻き込むとしても、戦乱を起こす以外に変革の方法はない。新しい未来を築くために必要な痛みだと」
「社会変革に犠牲はつきものと云うわけか。いかにも理想家肌の人間が陥りそうな罠だよ。だがそんな詭弁を、一度でも自分に許してしまったら・・・その時点でそいつは終わりだ、ヨギ・ベラ。一人を見捨てる者は、百人が千人でも平気で見捨てる。まずエストランジュ卿の奥方を、「あの方」などと呼ぶ事から止めるんだな。おまえがもし、本気で『赤い蠍』を阻止するつもりなら」
 沈黙して俯く占い師の、夜目にも仄白い横顔。火影のゆらゆらと瞬くその頬に、長い髪をほつれさせて初夏の風がそよいだ。
「・・・胸に深く刻んでおきます」
 万感のこもった吐息を洩らすと、彼は静かに頭を下げた。杖でコツコツと足下を探りながら歩き出す。部下に送らせようかとデーモンが訊いた。
「どうぞお気遣いなく。慣れていますから」
 淡い微笑みだけを残し、ヨギ・ベラの優美な姿はざわめく雑踏に呑み込まれた。ただ従容と、名もない影の一つとなって。苦痛に満ちた惨たらしい死か、動く事もままならぬ緩慢な死か・・・待ち受けるのはいずれ非情な運命だ。メドックが問いたげな視線を、傍らの上官に向けた。腕を組んでベンチに座ったまま、何事か物思いに耽る横顔へ。
「何も訊くな。俺にしたって、はっきりした事がわかっているわけじゃない」
 少なくとも今はまだ・・・。振り返りもせず云って、デーモンが嘆息する。

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