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zoom RSS 愛だけが聞こえる(39)

<<   作成日時 : 2009/07/11 22:34   >>

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 世間の噂などに縁のない公爵令嬢と違い、わたしは近所のおかみさんたちが家の戸口で、或いは仕事から帰った男連中が、通りへ出した椅子にかけて茶を飲みながら・・・あの家の女房はとうとう、亭主の留守中に間男を連れ込んだことがバレて大騒ぎになったの、年老いた父親の薬代がままならなくなって、可哀想にあそこの娘はごうつくな商人の囲い者になっただのと喋っているのを、何度か小耳に挟んだことがあった。具体的なことはわからぬまでも、だからそれが、子どもの存在に気づいた途端大人の口を閉じさせ、噂をばら撒かれた当人にひどく恥ずかしい思いをさせる、男女の仲に関する醜聞であることは気づいた。
 公爵はしばし難しい顔で、どう答えたものか思案していたが、やがて娘の瞳を真っ直ぐ覗き込むと率直にこう話し始めた。
「わたしが己の世間体を憚っていないなどとは云うまい。公爵家の当主として、当然その義務があることは別にしてもだ。しかしこれが、単にわたし一人のことならば・・・よろしい、甘んじて恥知らずの謗りを受け、石頭の堅物といえ所詮ただの男よと笑われもしよう。なるほどおまえの云う通り、たった二人の母子を引き離すほどのことではあるまい。そんな事実はないのだからと胸を張り、面と向かって笑う者には己の愚かさを痛感させてやればよい。だが人間とは、立場の弱い者に対してより残酷になるものだ。夫人はおそらく、わたしとは比べものにならぬほどひどいことを云われようし、反駁したところで相手を黙らせることも難しい。まして亡くなった者には、反論のしようもないのだよ。セシリア。我々がそれを考えなければ、世間の噂が一番にその矛先を向け、容赦なく物笑いの種にするのもヒューバート隊長なのだ。もしそんなことになったら、おまえだって耐え難いだろう?」
 令嬢の表情は見えなかったが、金色の髪に腰のあたりまで覆われた、父親を見上げる後ろ姿は真剣そのものだった。「でも、どうして・・・」と呟く声が聞こえ、肩越しに振り返った顔はショックを受けたように半ば呆然としていて、わたしや母の表情を見ると青い瞳を悲しげに曇らせた。父親の言葉に対する無言の肯定を、そこに認めたからだ。

愛だけが聞こえる(38)

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