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zoom RSS マラメアの海賊・その103

<<   作成日時 : 2009/07/20 20:06   >>

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「なあ、メドック。権力者にとって一人の命は、あくまでただの数字に過ぎない。最初から顔などないし、犠牲にしたところで、掃いて捨てるほど代わりがいる。だがベロニカの子どもたちにすれば、世界中にどれだけ人間がいようと、母親は彼女一人なんだ。別の顔と挿げ替えられるものじゃない。いつか他の女に惹かれるとしても・・・おまえにとって死んだ女房の面影や、ともに暮らした年月が唯一のものであるように。哀れだよ、エストランジュ卿の奥方も。そうした痛みを忘れて創った理想郷に、一体何の意味がある?どんな奴が住むと云うんだ」
 背もたれに頭を乗せ、彼は眉間を指で揉み解した。メドックは無言のまま視線を伏せている。妻と死別したのは6年前の事だ。下の子はまだ、よちよち歩きを始めたばかりだった。
「さてと、それじゃ帰るか。向こうの後始末は、気楽な独り者のレイに任せてな。・・・今夜はひどく疲れたよ。エレノアの肌が恋しい」
 大きな欠伸を洩らし、ううんと伸びをして立ち上がる。ベンチに置いた皿から4個めのクッキーを口に放り込むと、デーモンは残り五つを部下の大きな手に握らせた。手のひらに重ねられた焼き菓子へ、メドックが戸惑ったような視線を落とす。ファニータが長官のために、心を込めて作ったものではないか。
「あのな。俺なら砂糖漬けにしたって、胸焼けなんか起こさないよ。甘さを控えめにしたおかげで、おまえでも食べられたろ?・・・ファニータはそういう、細やかな心遣いのできる女だ。いくら口下手でも、「美味かった、ありがとう」の一言ぐらい云うんだぞ。一人で食べ切れなかったら、子どもたちに持ち帰ってやれ」
 デーモンがポンと、その肩を叩いた。
「俺はファニータに声をかけてくるからな。その間にここを片付けておけ。・・・ああ、グラスを割ってしまった事もちゃんと謝れよ」
 あたりにはグラスの破片やヘススの転がしたカップ、空になった葡萄酒の壜、皿、盆などが散らかったままだ。小煩い姑よろしく云いつけて踵を返し、売春宿の入り口に彼が姿を見せると、客待ちの娼婦らが嬌声を上げながら集まってきた。ファニータは折悪しく客を取っていると云う。
「せっかく長官が約束して下さったのにって、ずいぶんグスグズ迷ってたんだけど。今夜はほら・・・お向かいの手入れが気がかりで、もう何人か断っちゃったじゃない?お給金は歩合制だし、仕送りが少なくなるからって泣く泣くよ。よければあたしたちと、少しの間待って下さらない?気にしないでとは云ってたけど、あの娘ったらすごく淋しそうだったわ」
「それじゃぜひ、笑顔を取り戻してやらんとな。おまえたちが相手をしてくれるなら、待つ間も楽しいというものだ。何も問題がないか、先にお向かいの様子を見てこよう。もし彼女のほうが早かったときは・・・」
 律儀に後片付けするメドックを、長官が振り返った。

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