愛だけが聞こえる(25)

 令嬢がふいに喉を詰まらせ、震えながら俯くのを見て、母はひどくうろたえた。一介の護衛隊長に過ぎない夫の名を知っている事も意外なら、なぜ自分たちに会いたがるのかも見当がつかなかったからだ。指先にそっと力を込めて握り返し、心配げな顔でおずおずと、女の子の伏せた瞳を覗き込む。わたしも驚きの目で、涙に潤む青い瞳とうっすら濡れた睫毛とを見つめた。険しい表情に眉間を曇らせたゾーイ公爵は、助けを求める母の視線も気づかぬげに、胸の前で暗澹と腕を組んでいる。
「大丈夫よ、小母さま。わたしもう・・・寝込んでる間にね、いっぱい泣いたの。熱が高かったから、枕が冷たくなってちょうどよかったわ」
 目の端に涙の粒をぶら下げたまま、公爵令嬢は健気に微笑んだ。おそらくその存在自体が物々しい、張り詰めた雰囲気となって、父親を取り巻く状況の深刻さを如実に物語ったからだろう。セシリアはずっと、護衛隊の人たちが怖かったと打ち明けた。まだ八歳の女の子にとって、軍人が放つ独特の威圧感・・・厳しい面構えや射抜くように鋭い目つき、鋼を思わせる大きな体と弛みない動作、それに軍靴の脅かすような響きや、腰からぶら下げた長剣の重たげな事も、徒に不安を煽り、怯えさせるものでしかなかったに違いない。もっともゾーイ公爵ができる限り娘のそうした感じ易さに配慮したので、父親と一緒に外出するわずかな機会を除き、彼女が護衛隊の姿を間近に見る事はなかったが。
 それでもわたしの父とは、一度だけ親しく話す機会があった。半年ほど前、母親の命日に公爵と墓参りへ出かけた折の事だ。セシリアは着く早々、喘息の発作を起こしてしまった。症状が重く携帯の薬では治まらなかったので、護衛として随行していた父が馬を駆り、一足先に医者のもとへ担ぎ込んだと云う。早めに適切な治療を受けたおかげで、発作そのものはじきに落ち着いたが、父親がなかなか到着しない心細さもあってふいに悲しくなり、彼女は枕もとに付き添う隊長の前で泣き出した。
「苦しかったからじゃないのよ。隊長にもそう云ったの、でもどう説明したらいいかわからなくて・・・。ヒューバート隊長はちゃんとわかってくれたわ。「そうでなくとも大変な父上に、心配ばかりおかけするのが辛いんでしょう?ずっと我慢してらしたんですね」って」

愛だけが聞こえる(26)へ ☆ ☆ ☆ →愛だけが聞こえる(24)


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0