高橋源一郎著・「恋する原発」

本日Amazonから、「恋する原発」が届きました。で、さっそく読んでみた。

気持ちいい。胸がすく。臨終のシーンだというのに、後ろめたさの欠片もなくガハガハ笑う。
待ったなし、怒涛の下ネタ連発。不謹慎のオンパレード。
溜まりに溜まっていた鬱屈が、どれほど自分の身体を損なっていたか痛感する。
痛くて痛くて堪らない言葉がある。
(「痛い人」とか云う場合の「イタイ」じゃないよ、念のため)
ごめん、ごめんねと手を合わせて、泣けるもんなら泣きたくなる。
悲しみが突き刺さる。生きている人間には何ができるだろうか。
それから音楽。しかも大衆向け流行歌(←死語)、だからいい。そこがいい。
こんな追悼の書は読んだことがない。
感想なんてまとめられる筈がない。
この暗く澱んだ閉塞感、耐えがたいほどの息苦しさをこーゆう形で解放するか!?
「なんでそーなるんですか!」の展開がユカイツーカイ雨あられ。
ラストのオチがサイコーに爽やかです。(←ホントか?笑)

一言で云うと、すごいもんが出た。
だけど確実に叩かれるだろうね、それもクソミソに。
バカくさいと云ったらこれ以上バカくさい話はないし、
なぜああいう構成にしたのかワケわかんないし、
クソもミソもごたまぜにぶち込まれてるし、
文体もストーリーも登場人物も一見下品で安っぽくて、
時代に迎合した、宙を舞う埃より軽い存在と受け止められかねない。
あちこち破綻しまくっているようにも感じる。
私には鼻歌まじりで、踊りながら綱渡りしてるように見えたけどね。
ちょっとやそっとのバランス感覚じゃないと思う。
そのいずれにも増して、原発事故や震災や911テロを扱うのに
これほどフザケた態度はないと怒り心頭に達するだろう。
だからこそこの小説を発表した高橋源一郎氏に敬意を表する。
そのすべてを自分の身で引き受ける覚悟がなければできないことだ。
よくぞ云ってくれました!私も口にしたくて仕方なかったよ。
なので誰がどうコキ下そうと、私は絶賛し続けようと思います。
「問題作」だなんてとんでもない。
まっとうな人間のしごくまっとうな反応を見た気がします。
もしかしたら今のこの時代に、もっとも必要なことじゃないだろか?

実際のところ、とても感想なんて云えたシロモノじゃねーな、コレは。(笑)


さて、ここからは私事ですが…
私はこのところ、今までの人生で感じたことがないほど疲れています。
なぜだろう?個人的な物事は、大抵がよいほうに動いているというのに。
自分で思っていたよりずっと、震災とその後に起こったもろもろの出来事が
体に効いているということなのかも知れません。
なのでツイッターを止めた理由については、もう少しブログへのアップを待ってね。
ああ、しんどい。生きていくことが辛い。
でもこんなことを云ったらまた、「せっかく命が助かったのに」とか、
「あなた程度の被害で」とか云われるんだろーな。
ほら、そーゆうのがしんどいの。(笑)
あちこち当たり障りが多くて、考えるのも面倒になりました。
そうでなくとも、日常と化した「震災」からは逃れられないのにさぁ。
ちょっくら逼塞して、元気を取り戻したら復帰します。
だーいじょぶ、心配ないなーい!
…た、たぶんね。(笑)

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